夜中にベッドで、またあの思考が始まる。
「なんで私は選ばれないんだろう」
今日も気になる人は他の人と楽しそうに話していた。私に向ける笑顔とは明らかに違う、特別な笑顔で。
そして頭の中で分析が始まる。あの人の何がよくて、私の何がダメなのか。延々と考えて、答えの出ない問いに疲れてしまう。
選ばれない理由を探してしまう心理
私たちが「選ばれない理由」を考えてしまうのは、ある意味自然な反応。
理由がわかれば、改善できるかもしれない。次は選ばれるかもしれない。そんな希望を抱いて、自分を分析し続ける。
でも実際には、この分析の多くが自分を傷つけるだけに終わってしまう。なぜなら、恋愛における「選択」は、論理的な判断ではないから。
私も大学でコミュニケーション学を学んでいたとき、人間関係の複雑さに驚いた。データや理論では説明できない、感情や直感、そして運やタイミングが大きく影響する世界。それが恋愛だった。
自分を裁判官にしてしまう危険
「選ばれない理由」を探すとき、私たちは自分を被告席に座らせ、自分を裁判官にしてしまう。
「外見が足りない」 「性格がつまらない」 「魅力がない」 「話が面白くない」
そうやって自分に判決を下し続ける。でも、その判決は本当に正しいのだろうか。
実は、選ばれなかった理由は、あなたの欠点ではないかもしれない。単純に相性や、その人の好み、その人の心の状態、タイミングの問題かもしれない。
でも私たちは、自分に原因を求めてしまう。なぜなら、それが一番手っ取り早い説明だから。
比較の罠にはまってしまう
選ばれなかったとき、つい「選ばれた人」と自分を比較してしまう。
「あの人の方がかわいい」 「あの人の方が明るい」 「あの人の方が話が上手」
でも、この比較には大きな落とし穴がある。あなたは「選ばれた人」の一面しか見ていない。その人だって、きっと選ばれなかった経験がある。その人だって、不安や悩みを抱えている。
私も昔、周りの友達がみんな恋人がいるのに、自分だけ一人だった時期がある。「みんなは何か特別なものを持っているのに、私には何もない」と思い込んでいた。
でも後になってわかったのは、みんなそれぞれに違う悩みを抱えていたということ。恋人がいても幸せそうに見えない人、付き合ってはいるけれど本当は不安でいっぱいの人。
表面だけを見て比較することの無意味さを、身をもって学んだ。
選ばれることがすべてではない
本当に大切なのは、選ばれることではなく、お互いを選び合うこと。
一方的に選ばれることを求めていると、自分の気持ちを見失ってしまう。「相手が私を好きになってくれるなら、私もその人を好きになろう」という受け身の姿勢になってしまう。
でも健康な恋愛関係は、お互いが対等な立場で、お互いを尊重し合うもの。選ばれることより、選ぶ力を育てることの方が大切。
選ばれなかった経験の価値
選ばれなかった経験は、決して無駄ではない。
その経験があったから、相手の気持ちを理解できる。誰かを傷つけないように気を遣えるようになる。本当に大切な人との出会いを見極められるようになる。
私が今、人の心の痛みに寄り添えるのは、自分自身が深く傷ついた経験があるから。選ばれなかった苦しさを知っているから、同じような悩みを持つ人の気持ちがわかる。
自分を選ぶことから始める
他者に選ばれる前に、まず自分が自分を選ぶことが大切。
自分の価値を他人の選択に委ねるのではなく、自分で認めてあげる。自分の良いところを見つけて、大切にする。
「選ばれない理由」を探すエネルギーがあるなら、「自分を好きになる理由」を探すことに使おう。あなたの優しさ、真面目さ、一生懸命さ。それらはすべて、誰かにとってかけがえのない価値。
待つことと諦めることの違い
理由を探すことをやめることは、諦めることではない。
むしろ、無駄な自己否定から解放されることで、本来のあなたらしさが輝く。そのあなたらしさに惹かれる人が、きっと現れる。
私も長い間、自分を変えようと必死だった。でも本当に大切な人との出会いがあったとき、その人は変わろうとしている私ではなく、ありのままの私を好きになってくれた。
今夜は思考を止めてみよう
今夜もまた「選ばれない理由」を考えそうになったら、少しだけ立ち止まってみて。
その思考は本当にあなたを幸せにしているだろうか。建設的な答えが出ているだろうか。
もし答えがノーなら、その思考を優しく手放そう。代わりに、今日あなたが頑張ったこと、優しくできたこと、小さな幸せを感じたことを思い出してみて。
あなたは選ばれなかったのではない。まだ、本当にあなたを理解してくれる人と出会っていないだけ。
その日は必ず来る。だから今は、自分を責めることより、自分を大切にすることに時間を使おう。
あなたはそのままで、十分に価値のある人。そのことを、まず自分が信じてあげよう。